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カウンター3

2014/09/03

OB来塾

 風がすっかり涼しくなりました。残暑という言葉は、今年はないのかと思ってしまいます。勉強をするには、最高の季節になってきました。

 

 昨日は、大学に進んだ現役部OBが2人と予備校部のOBが1人やってきてくれました。1人は、実習とかが大変になってきたようですが、勉強しっかり頑張っているみたいです。最後に、「彼女ができたんです!」っと、写真を見せてくれました。かわいかったなあ。やるやん!

 

 大学に進んで、柔道を続けている人もいます。現役時代は、厳しい目をしていたので、知らない人は、そばに座りたがらなかったのですが、昨日は、少し柔らかい表情になっていました。柔道部、楽しいそうです。よかった。顔を見ればわかりますね。

 

 もう1人は、今年同志社に進んだ予備校部OBです。和歌山から通っています。頑張ってるなあ。関学まで通った私の学生時代を思い出しました。

 

 大学生になって、塾に立ち寄ってくれるのは、この仕事をしている人間にとっては、何より嬉しいことです。みんな高校時代より、確実に成長しています。いい姿を見せてもらいました。ありがとう。

2014/09/02

予備校生へ

 予備校生の、元気いっぱいの女の子が昨日は、しんどくって休んでいました。彼女が休んだのは、初めてです。心配です。8月が終わったこの時期は、夏の疲れがどっと出てきます。僕も昔は、梨が出てくる季節になると、体調が悪くなってしまったことがあります。

 

 予備校生は、アクセント問題を終了して、発音問題をやっています。アクセント、発音は、200点満点で10点の配点。それをまずは、きちんと満点を取ることを目指しています。少しやれば、「嫌だなあ~」という気持ちがなくなるだけでもいいことです。

 

 大きな目標、小さな目標をきちんと立てて、常に時計を机の前において、「何時までに何を仕上げる」ということを意識しながら勉強をしていきましょう。受験は、時間との戦いです。受験だけではなく、社会に出ても、時間との戦いです。日常において、常に時間を意識していくことを心がけてください。頑張ろう!

 

2014/09/01

新人戦 準々決勝

 紀三井寺球場で、2試合見てきました。顔が真っ黒になってしまいました。昨日は、高校野球の新人戦の準々決勝。これに勝てば、シード校として4校が、秋季大会1次予選への出場を免除されます。そして、秋季大会のベスト4と8校が、2次予選に進出することになり、今年は、3校が和歌山代表として近畿大会に出場できることになります。

 

 桐蔭は、笠田高校と対戦しました。笠田高校は、最近力をつけてきています。すごく元気のあるいいチームです。エースは、「うぉ~りゃ!」と言いながら気合の入ったボールを投げてきます。桐蔭も、昨日は、投手がすごく安定していました。左打者へのインコースの真っすぐがすごくよかったです。ピンチになってもこの球が生命線でした。

 

 試合は、もつれにもつれて、延長戦へ。結局桐蔭が犠牲フライでサヨナラ勝ちを収めました。2次予選進出です。僕たちも秋に、新人戦で4つに残ったなあと思いだしたりしました。守備では、もう一歩、前に出て、グラブを出して捕球をしてもらいたいと思いました。エラーしてもいいですから、前に出る。基本だと思います。あと1つ気になったのは、1塁にランナーが出た時に、リードが小さすぎます。もう少しリードを取って、投手をけん制しないといけません。しかし、最近では、久しぶりの新人戦突破。嬉しかったです。

 

 そのあと、東高校対日高高校の試合も見ました。さすがに東高校は、鍛えられていました。試合前のノックを見ればよくわかります。一方日高高校。スタンドには、ベンチに入れない選手が沢山いて、大阪のように、みんなで歌を歌いながら必死になって応援しています。その歌声に、保護者の人も合わせて声を出していました。勢いを感じました。やはり高校野球はこうでなければなりません。強豪と言われる学校でも、ベンチに入れなかった選手たちが、全く声も出さずにスタンドで見ているだけの学校もあります。そういうチームは、力があっても負けますね。高校野球は、全員で戦わないと勝てないのです。ですから普通の公立高校にもチャンスがあると思います。

 

 この試合も、もつれました。延長に入って、押されていた東高校ですが、主将で4番の捕手が、レフトに2点本塁打を打ち、試合を決めました。前日、2次予選進出を祈念して、2人でお酒を飲んだ先輩と共に喜びあった日曜日でした。桐蔭の先輩や、東高校野球部を支えているいろんな人たちと一緒に試合を見ましたが、いい人達と一緒に高校野球を見るのは、本当に楽しいです。ここから2次予選まで、しっかり練習をして、更に力をあげてもらいたいです。

 

2014/08/31

焼鳥屋での「打撃理論」

 教え子のやっている、焼鳥屋の桜の都に、高校野球の先輩と行ってきました。このお店のマスターは、桐蔭OB。高校時代は、あの上原投手からホームランを打っています。同じカウンターには、高野山高校のOBがいました。私とバッテリーを組んでいたキャプテンのいとこです。奥のテーブルには、貴志川高校のコーチが飲んでいます。後になって、和歌山高校の部長さんもやってきました。いい気分で飲んでいると、桐蔭OBの教え子が挨拶に来てくれました。今は、外資系の会社で、最年少部長になっているそうです。えらい頑張りやな。このお店、本当に高校野球の関係の人がやってくるお店です。

 

 一緒に飲んだ先輩は、私の3歳年上。先輩の最後の夏から、金属バットの使用が解禁されました。しかし、その当時は、夏の大会では、ほとんどの選手が、木のバットで打席に立ったようです。先輩は、代打で出た最後の打席で、あの鎌田投手から木のバットで、目の覚めるようなサードライナーを放ったそうです。

「その当時の金属バットは、今と違って、ひどかったんや。イーストンのバットなんかは、全く飛ばなかった。」

 

 と先輩が語ります。「イーストン!」なつかしいなあ。僕が入部した時に、イーストンありました。誰も使っていなかったような気がします。

 

 高校野球の話。昔のパリーグの話。いろんな話をしました。

 

 「東尾は、1年目、11勝18敗だったんや。」と先輩が。その数字、僕の心にも、ちゃんと刻み込まれていました。いわゆる黒い霧事件で、大揺れに揺れた西鉄ライオンズ。エースの池永投手は、先輩をかばいながら、一言も釈明することなく、球界を追放されました。

 

 その後、バッティングの話になりました。僕が、「高校時代は、バットのヘッドを早く出せ!」それしか言われなかったというと、先輩もそうだったと言います。ところが今は、できるだけバットのヘッドを後で出す打ち方に変わってきています。全く打撃が変わってしまったような気がします。昔は、反対方向に打つのを、「流し打ち」と言いました。今では、その言葉自体に違和感を感じてしまいます。反対側方向にも強い打球が飛ぶようになりました。

 

 プロ野球では、落合選手が出てきたから、変わったような気がします。昔は、インコースに来たボールに対して、足を開くと、いい当たりを打っても、ファールにしかならないと言われました。原辰徳がよく打っていたような打球です。それを落合は、足を開いて、ライトに軽々とホームランを打ちだしました。昔は、引っ張った強い打球を打つことがすべての時代でした。あんな打球は、おかしいと思ったものでした。落合選手は、高校は、ラグビーの名門秋田工業。兄が通っていた学校です。練習はほとんど行かずにさぼっていました。しかし、試合前に来て鋭い打球を打つので、試合に出してもらっていたのです。大学は、東洋大学。これもいわゆる野球部の体質が合わずにすぐに辞めています。打撃に対する先入観というか、こうなんだと教え込まれたものがなかったから、独自で考えていったんだと思います。プロに入った最初は、首脳陣は、全くあの打撃を信じていなかったそうです。

 

 やはり、高校野球では、木のバットでは、詰まったらもう終わり。バットが折れてしまうので、とにかくバットのヘッドを出すことが要求されていたのだと思います。ところが、金属は、折れることがありません。詰まってもヒットにできればいいのですから、やはり、「打撃」の基本から変わっていくのです。ちょうど我々は、その過渡期にいたのですね。木のバットの打ち方で、ひたすら金属バットを打っていたのです。

 

 非常に楽しい夜でした。蔭で朝までぐっすり眠れました。先輩、また行きましょう。

2014/08/30

KGセミナーのアドバイザー

 昨日は、久しぶりに高校時代の友人からメールが届きました。「3時ごろから空いている?」っときました。岡山に仕事で来ているので、和歌山に寄ってくれるそうです。

 

 少し早く、2時過ぎにつきました。前は、インドにある従業員1万人の関連会社の社長兼会長として奮闘努力し、今は日本の会社を立て直すために、役員として奔走しているのです。日本全国を飛び回っています。4,5年前は、よく塾に来てくれて、予備校生たちの前で、話をしてもらった、KGセミナーの「アドバイザー」です。

 

 2年ほど前ですか、朝の朝日放送の道上さんの番組で、「友情」というテーマで話を求めていたことがあったので、彼とのことを書いた送ったところ、採用されて、ちょうどそれを車のラジオで聞いたことがあります。

 

 「私は、昭和天皇が皇太子の時に、野球を見学に来られたのを記念して作られたスタンドのある学校で、野球ばかりしていました。高2の1学期の中間試験。数学のテストは、いつものように、何もわからずに、「ダルマ」の絵を書いて、すぐに、寝ていました。するとテストが終わった後で、後ろから、肩を叩くんです。「数学できるんやな!今まで、早さも正確さも、誰にも負けたことがなかったけど、今日は、速さでは負けてしまった。」と言ってきたのが彼でした。

 

 彼も、野球をやろうかと迷ったこともあったそうですが、やはり、物理の方が好きだったみたいです。僕は、東大に行ってロケットを飛ばすから、お前は野球で頑張れと言ってくれました。高2の夏、僕のために、朝から学校に毎日、来てくれて、英語と数学を教えてくれました。こんな人っているんやなと思いました。僕は何をお返ししたらいいん?と聞くと、投手だった僕に、「カーブの投げ方教えてよ。」と言ってくれました。それなら、僕にも教えられます。

 

 彼は、難なく東大理Ⅰへ現役で進みました。大学に進んだ後も、機会があるごとに会っていました。今のように携帯もない時代。しかし、しっかりとした人間関係は、築かれていた気がします。彼は、日本を代表する電器メーカーに就職。さすがに、仕事もできて、出世の階段もどんどん駆け上がって、最年少役員になりました。一方、「手も足も出ませんとだるまの絵を書いていた私は、大学入試で30年ご飯を食べてきました。あの高2の夏に、彼に教えてもらったことが、今の私のこの仕事の原点だと思います。」

 

 と言うようなことを書いたのです。昨日は、私立文型の予備校生達9名の前で1時間話してもらいました。そのあと女の子達4名の前で、30分話してくれて、そのまますぐに大阪に帰って行きました。

 

 話を聞いている生徒たちの顔が、いつもとは違った気がします。あとで聞いたら、みんなすごく刺激をうけたみたいです。そうです、高2の夏に、僕が受けたのと同じ刺激を受けたんだと思います。いい時期に、いい指導者の話を聞く。それがどんない大切なことか、改めてわかった一日でした。

2014/08/29

40万人 ⇒ 5万人

 18歳人口が一番多かったのが、1992年。バブル崩壊の年です。40万人の浪人生が日本にいたそうです。ちょうど、私が独立した年です。8年間の修行期間を経て、加太線沿線の八幡前という駅のすぐ前にKGセミナーを立ち上げました。昔の労災病院の近くです。当時は、予備校の説明会は、1日だけ。それですぐに定員は埋まってしまいました。今では考えられない話です。

 

 開業以来、予備校生は、40名前後をずっとキープしてきました。多い年は、60名を越えていた時もあります。なつかしい話です。今、日本には、たったの5万人しか浪人生がいないそうです。22年で、8分の1になってしまいました。

 

 代々木ゼミナールは、主に私立文系と言う、当時のボリュームゾーンにターゲットを絞っていました。私立大学に進学したい人は、いくらでもいた時代でした。私立も難しかった時代です。和歌山大学と京都産業大学に同時に合格して、京都産業に進学した生徒も何人もいた頃です。

 

 その後の日本の経済状況悪化と、子供の数の減少の挟み撃ちを受けて、私立の大学は、経営が大変になってきました。おまけに、国は大学の設置基準を下げて、新設の大学がどんどんできてきました。580を超える私立大学の半数が、競争率が1倍以下だとも言われています。

 

 浪人生の数が、8分の1になったのかと思うと、何とかまだ定員をキープしているのは、奇跡かもしれません。広告を打てない小さな予備校にとっては、卒業生の方々の声が一番の支えです。今日も頑張ります。

2014/08/28

「体験授業」

 おはようございます。雨ですね。今年の夏は、本当に雨が多かったです。やはり、「夏は、暑く、冬は寒く」が一番いいですね。

 

 昨日は、高3生が1人体験に来てくれました。授業が終了して、アンケートを書いてもらって少し話をしてもらいました。みんなの緊張感にびっくりしたようです。今、別の塾に行っているのですが、その塾では、先生が優しいので、生徒の話声が気になってしまうと言っていました。僕は、授業の時には、絶対に集中して聞いてもらうようにしています。昨日も、生徒の人数は多かったのですが、みんな一生懸命に受けているのがわかりました。今日も来てくれるようです。嬉しいです。

 

 生徒が来てくれてこその塾です。予ゼミが27教室のうち20教室を閉鎖して、模試もセンターリサーチもやめるようです。この業界の片隅で暮らす私にとっては、大変ショッキングな出来事ですが、教育産業から、不動産業へと転換して、着実に生き残っていく道を選択したのだと言えます。予ゼミは、自社ビルでしたからね。

 

 大学受験でしか生きていけない予備校は、昔と比べて、かなり状況は厳しくなってきました。何しろ、世間の浪人生の数が激減しているのです。私立大学の半分は、競争率1倍に満たないのです。名前を書けば、誰でも入れるのが現状です。大手も現役生にシフトをチェンジしています。ただ私のような個人の塾は、やはり、朝からきちんと予備校部の授業をしているということ、そのことが、塾の生命線だと思うのです。受験の最前線に立っている。その実感が予備校部にはあります。頑張ります。

2014/08/27

「最後の残留日本兵」

 昨日の新聞に、「小野盛さん、死去」という小さな記事が掲載されていました。95歳です。インドネシア在住の900人余りいた、元残留日本兵の最後の1人だそうです。

 

 僕たちの世代は、「自虐史観」で固められた歴史を、素直に信じて勉強してきた世代です。日本は、こんなに、近隣諸国に対して悪いことをしてきたということを、徹底的にたたき込まれてきました。ですから、「愛国心」は悪いもの。日本を愛するのは、「右翼だけ」というような認識が、定着した世代です。悪いことをしてきた事実は、確かに認めなければなりません。しかしそれは、日本だけが悪いのではなくて、戦勝国側にも、悪かったことは沢山あるのです。

 

 帝国主義の時代に入って、欧米の列強が、アジア、アフリカに植民地をどんどんと作っていきます。インドネシアも、オランダに300年以上虐げられていました。西欧人の植民地の人たちの対する取り扱いは、相当ひどかったようです。何しろ、「人」として見ていなかったのですから。第二次大戦の時に、日本人が、進駐して行った時に、「日本兵は、自分たちと一緒に、ご飯を食べてくれる。一緒に仕事をしてくれる。それが何より嬉しい。」と現地の人が喜んだそうです。

 

 終戦後、インドネシアにいた旧日本兵が、そのまま現地に残り、49年まで続いた対オランダ独立戦争に参加するのです。そして、勝利を勝ち取り、そのまま、インドネシアに残った人たちが、沢山いるのです。インドネシアの人達にとっては、同じアジア人である日本人の参戦をどれほど有難く思ったかは言うまでもないことです。

 

 こういう歴史的事実を、きちんと小学校、中学校の授業で、教えていかねばなりません。自分の国の、いいことだけしか教えない国も沢山あります。世界では、そんな国の方が圧倒的に多いのです。正しいことも、悪いことも、両方をきちんと教えていくことこそが、教育だと思います。

2014/08/26

甲子園決勝戦

 昨日の高校野球決勝、いい試合でした。最後の1塁送球。足が離れたのでは?と思いましたが、ちゃんとベースに接していました。すごいプレーだと思います。大阪桐蔭の勝利に対する執念を見た感じでした。

 

 大阪桐蔭の主将の言葉もよかったです。このチームは、秋に、ライバルの履正社にコールドで負けています。その履正社が、春の選抜で準優勝。監督からも最弱のチームと言われ、悔しい思いをしながら厳しい練習に耐えてきたのです。

 

 西谷監督は、「三重高校の応援がすごくて、近畿地方でやっているのに、完全なアウェーでした。」」と語っていました。甲子園は、とりわけ決勝戦では、いわゆる「判官びいき」になりがちです。誰が見ても、勝ちそうなチームは、応援してくれないのです。三重高校のさわやかさが、特に一般の観客を巻き込んだのだと思います。「大阪桐蔭は、勝って当たり前。何とか三重高に頑張ってもらいたい!」と言う、日本人独特の感情が、甲子園全体を覆っていたような気がします。

 

 三重高校のユニフォームもかっこよかったですね。系列の中京大中京と同じです。監督さんは、今年の4月から指導を始めたばかりです。その前は、三重中京大学で、楽天の則本投手を指導していました。浪商出身の60歳です。

 

 和歌山でも、新人戦が始まっています。圧倒的な戦力を誇り、優勝候補と言われていた箕島が、橋本高校に、いいところなく敗れてしまいました。和歌山東も苦しい試合を強いられました。秋の大会は、投手力です。いい投手がいる学校が、勝ちあがれます。母校の桐蔭は、強豪の南部高校を、3対1で下して2回戦へ。頑張っています。

2014/08/25

3者面談を終えて

 予備校生の三者面談が終わりました。今までは夏には、保護者の方々を前に、私が話をするという形の、保護者会を行ってきていたのですが、今年は、個別に面談をさせていただきました。2日間でほぼ全員と話をするので、なかなか大変で、終わった後は疲れが押し寄せてきましたが、よかったです。

 

 その家庭には、その家庭の考え方があります。まずそれをじっくり聞くことです。そこから、進むべき道を決めていきます。模試の判定を見て、A判定だからよかった。E判定だったからダメだではなくて、その生徒が、ここから最高の努力ができるように、そしてその努力と交換できると思えるような学校を見つけることが大切なことなのです。

 

 今週で8月が終わります。台風があり、大雨が降り、例年とは違った8月でした。秋は、いよいよ努力が結果になって表れてくる時です。ここからは、一日一日がどんどん早く過ぎていくように感じられます。そんな中で、自分を見つめ直し、大きな計画と、小さな計画をきちんと立てて自分の進をしっかりと歩んでいきましょう。